仏陀の教え

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「苦」の人生をいかに生きるか。

「転迷闇悟」~迷いからスタートして最高の安らぎに達する

一般に知識は、学ぶことによって得られ、智慧は、体験によって得られるとされます。

仏教の智慧は、事柄や現象の奥に、因果律や縁起の法などの法則を洞察する機能をいいました。

よく「転迷闇悟」といいます。

迷いを転じて「悟り」を闇く、迷いを転して心身の安らぎを得る、という意味です。

この安らぎのことを涅槃といいますが、大乗仏教では、六波羅蜜を成就することによって涅槃に到達すると教えられています。

「迷いを転ずる」という考え方は、バラモンの支配する古代インドにはない考え方だそうです。

「転ずる」ということは西洋哲学では、アウフヘーベン(止揚しよう)にあたります。

迷いというものをより高い立場で統一をするということです。

いいかえれば、迷いというマイナスの価値を、より高い価値へ高めてプラスにしていく-それが「悟り」という意味になってきます。

迷いからスタートしたものが修行によって変わり、最後は安らぎに到達します。

それが悟りであるということでしょうか。

その道筋が理論化されているところがブッダの教えの特徴です。

修行というと非常に禁欲的な、あるいは精神的な感じがしますけれど、ブッダの教えは日常の実践と結びついているものです。

しかも、修行の段階が明確に示されているからわかりやすいですね。

仏教が広まり現在まで続いているというのは、そのわかりやすさに理由があるでしょう。

誰もが日常の中で実践できるというのが重要だと思います。

ブッダも、王族とか大金持ちにも支持されながら、立派な着物を着て、立派な宮殿に住んで、立派なお寺をつくるというわけではありませんでした。

八十の高齢でなお、ホームレス同然のように歩き回って、貧しい人々の差し出す食事を喜んで受ける。

偉大な宗教者の最初というのは、やはりそういう実践において信者が集まってくるのだと思います。

仏陀の教え

「七不退法」~衰亡を防ぎ繁栄を築く七つの事柄
八正道や六波羅蜜はどちらかといえば人間個々の生き方を説いたものですが、ブッダは仏教そのものが衰えないための法を何通りも説いていました。

そのたびに「それを聞け。よく心にとどめよ」と弟子たちを諭していました。

それはブッダが自分の死後、サンガがどうなるか心配していた裏返しともとれます。

実際に堤婆達多の裏切りのようなことがありましたからそういう心配はなされていたのでしょう。

最後の旅に出る前、ブッダは弟子たちを集めて法話をしていました。

『太パリニッバーナ経』は、霊鷲山に潜在していたブッダのもとに、マガダ国から使者が訪れる場面からはじまっていました。

マガダ国の重臣ヴァッサカ土フという人が国王の阿開化の命を受けてラージャグリ八(王舎城)の外にある霊鷲山にブッダを訪ねてくるのです。

阿開世はブッダに帰依していますが、太子のころ、ブッダの教団をわがものにしようとした堤婆達多にそそのかされて、父のビンビサーラ王から王位を奪おうとして牢に幽閉し、獄死させています。

ビンビサーラ王は諸王の中で最初にブッダに帰依して支持者になり、竹林精舎を寄進した人物です。

阿闇世は父王を閉じ込めるだけでなく、ブッダにも危害を加えようとします。

それも堤婆達多のたくらみです。

でも、阿闇世は自分の過ちに気づき、前非を悔いてブッダに入信します。

それ以来、ブッダ教団の有力な擁護者となりました。

入信後、王位に即いた阿闇世は何かあればブッダの教えを乞い、その指示に従いました。

彼は、重臣ヴァッサカーラをブッダのもとにつかわしたのも、そうした問題への対処法を尋ねるためでした。

その問題というのが、ヴァッジ国を攻めたいと考えているが、どう思うかということだったわけです。

ヴァッジ族というのはガンジス河の北側に都市国家をつくって栄えていた一族です。

当時、インドでは十六の国が群雄割拠して栄枯盛衰を繰り返していました。

その十六の国の中でも特に勢力をのはしていたのがガンジス河流域の国々です。

そこでマガダ国とコーサラ国の二大国が近隣諸国を次々に征服して領土を拡大していたという背景があります。

ヴァッジ国は小国でしたが、裕福で文化度も高かったんです。

ここを支配できれば、マガダ国はより強大になる。

阿開世はブッダの教えに帰依しているとはいえ、まだ年若く征服欲もあったのでしょう。

ただ、入信の影響もあり、自制の念が働いて判断に迷い、家臣を派遣してブッダの指導を求めたのだと思います。

そこで使者を霊鷲山へ送るんです。

ブッダはそのときに直接に答えないんです。

後ろに控えた弟子のアーナンダに向かって問いかけるんです。

そして、その答えをヴァッサカーラに聞かせます。

大勢じゃなくって、ただ一人を選んで話しかけて、それを傍聴させる。

ブッダはまず「アーナンダよ、ヴァッジ国の人々は今もよく集会を聞いて、相談をして事をまとめているだろうか?」と問いました。

「世尊よ、かの人たちは前と変わりなく、よく集まりを開いて事を議していますが、人集まりもよいそうです」とアーナンダが答えると、ブッダは「そうか、集会がうまくまとまっている間は、ヴァッシの繁栄が期待され、衰退の心配はあるまい」といいました。

そして次々に、

「よく自分の為すべきことを果たしているか」

「昔からの掟をよく守って暮らしているか」

「古老を尊敬しているか」

「婦女子の保護は進んでいるか」

「祖先を崇敬しているか」

「聖人を尊んでいるか」

と、合わせて七つの項目について尋ねます。

それに対してアーナンダが「おおむねよく行われている」と肯定的に答えると、

ブッダは大きくうなずいて

「それではヴァッジ国の将来の繁栄が期待されこそすれ、衰亡の恐れはないであろう」と答えます。

使者としてやってきたヴァッサカ-ラは、このブッダとアーナンダの問答をそのまま阿闇世に報告します。

その報告を聞いた阿闇世はヴァッジ国の征服を断念するんです。

この七項目を守れば衰亡に向かうことはないというので「七不退法」と名づけられている説法です。